2013年5月14日火曜日

二日目 野蒜〜石巻

二日目。


再び野蒜へお話を聞きに。

かつてここは奥山さんの家があった場所。
お父さんと育てたたくさんの果樹が植えてあった場所。

ときどき見に来ちゃうんだよね。
そうやってうつむき加減にお話された奥山さんは
とても自分を責めているように感じた。


隣の家は手つかず。





写真を撮ってごめんなさい。

ただ
ただ

唖然とするばかりで
当てはまる言葉なんて何もない。


強風に砂埃が目に入る石巻市立門脇小学校。

流されてきた車のガソリンが引火し、
全焼。


信じられない光景。


近くに大きなお寺を見つけた。


柱だけ残された本堂。


代々守り続けてきたこの場所。


わたしは何不自由ない場所から来ている。
本当に来るべきだったのか。

どこに気持ちを向けていいのか
とても戸惑った。


車の墓場。

車にペンキが書いてあるんだよ。

丸は人がいなかったという意味。

バツはわかるよね。

リーダーの大西さんが教えてくれた。


現地案内人の大友ご夫婦のお話。

仕事を失って、今私たちは瓦礫の仕分けの仕事をしています。

世の中は瓦礫って言うけれど、
あれはみーんな
家族が積み上げて来た財産だ。

ひとつ
ひとつ
腰を屈ませて
地面に這って
みんな一列になって
丁寧に作業すんだ。

あるときは
入れ歯がでてきたり
あるときは
ちっちゃい子の可愛らしい靴がでてきたりする。

そうすると
やっぱり考える。

この人たち
生きてんのかな。

作業メガネの中で
みんな
泣きながら仕事してんだ。

でも、
これが今精一杯与えてもらえている仕事だから
一生懸命やるんだよ。



この土地に立ったからわかる。

この強風に砂嵐、
環境は想像をはるかに越える厳しさだ。



心が震え
怖くなり
涙が止むことなく

覚悟はしていたけれど
つらくて
痛すぎる現場に

こんな風に一生懸命向き合っているご夫婦と出会い

少し勇気をもらった気がした。

そして、
どうしてもこの時代とともに生きている人たちに
見て来た人間として
伝えなければならない
という気持ちが少しずつ出てき始めていた。

2 件のコメント:

  1. お疲れ様です。

    生々しい写真や報告ありがとうございました。
    震災から2年以上経過してもまだまだ復興が遅々として進んでいない地域が多いのですね!!! 
    戦後の配給生活ではありませんが現代の日本おいて避難生活がいつまでも続いていている様子を改めて知り愕然としました。
    私が石巻を訪れた時も菓子パンやジュースなどを小学校で配給されていましたが栄養管理の面、そして将来に夢が持ちにくい状況の中で精神的な安定などをどのように保っていくのか想像するだけで絶望的になりがちです。

    テレビの取材でテレビ局や政治家・芸能人などのコメントは私には偽善的にに思えてしまいます。

    何が復興のボトルネックになっているのか、あるいは過酷ではあるが故郷を捨て他の場所での再出発の選択・そしてそれへの計画的傾斜支援などの何か日本の国や企業が抱える決定出来ない・実行できない・議論ばかりしていて責任や勇気を持った対応が出来ない現代日本の弱点の典型的な縮図が被災者復興行政に現れているように思えて仕方がありません。

    東北以外の人には被災者に対して意識がかなり風化していると思います。

    とてもいい体験をされましたね















    返信削除
  2. Horiさん
    いつもありがとうございます。自分が動くことで波動をつくる。その波が周りにも伝わっていくように。心は通じます。新しい企画もでてきています。寄り添っていきましょうね。

    返信削除