2013年10月16日水曜日

開山忌で感じたコト


私は父親の声が好き。

頭が丸坊主で袈裟を着て、
毎朝お勤めから始まるのを祖父の代から聞いてきた。

目覚まし時計はお経なくらい。

人間は年齢と共に成熟していくように、
父親の場合は声も深みが増している。

それは、世代交代をここ数年行われてきている
若い僧侶達にもみられる。

以前より断然みなさんの声が良い。

本堂に波紋のごとく広がる声の波は生きている声を想わせ、
それは瑞々しく循環している。

どんな芸術の祭典でも、
時にお檀家さんのお爺さんの南無阿弥陀仏には敵わないときがある。

湧いて散るものは時に余韻を残さず、
消化不良にもなりかねないが、
今回の開山忌は初めて法要が芸術に見えた。

”日々の行いは特別な日に人の心を揺さぶる”

だから、毎日の積み重ねが大切なんだ。


お参りいただいた方やお檀家様たちへ
お寺ご飯のお斎を作るのは、

家庭の職人たちの手。

だつ(里芋の茎)、ゆりね、栗。

旬の食材をふんだんに。


開山忌
(かいさんき)

この山を開いた道元禅師、山禅師、
廃寺からお寺を建て直してくださった了然玄超禅師の法要。

時代を超え、深い歴史に物語を添えて
今の私たちから未来へ。

本堂も秋色です。


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